東京地方裁判所 平成6年(ワ)1738号 判決 1995年3月31日
原告
大和幸昭
ほか三名
被告
荒川元晴
主文
一 被告は、原告大和幸昭に対し金二一〇一万五九一七円及び原告大和多恵子に対し金一九七一万五九一七円並びにこれらに対する平成四年九月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告大和幸昭及び原告大和多恵子のその余の請求並びに原告大和薫及び原告大和恵の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを四分し、その三を原告らの、その余を被告の負担とする。
四 本判決は、第一、三項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告大和幸昭に対し金七七七六万六六六〇円、原告大和多恵子に対し金七三九六万六六六〇円、原告大和薫及び原告大和恵に対し各金二二〇万円並びにこれらに対する平成四年九月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 争いのない事実及び証拠によつて容易に認定しうる事実
1 本件事故の発生
(一) 日時 平成四年九月一〇日午前一時〇五分ころ
(二) 場所 東京都新宿区西新宿三丁目四番先路上(以下「本件現場」という。)
(三) 態様 本件現場において、被告は、普通乗用自動車(登録番号「多摩七七や一七四〇」、以下「被告車」という。)を高速度で運転していたところ、大きく湾曲した道路部分でハンドル操作を誤り、被告車を暴走させて側壁に衝突させたため、被告車助手席に同乗中の訴外大和幸晴(以下「亡幸晴」という。)を車外に放出して路上に転倒させた(甲一)。
その結果、亡幸晴は、頭蓋骨骨折を伴う頭蓋内損傷等の傷害を負い、右同日死亡した(甲二六)。
2 被告の責任
被告は、本件現場のような大きく湾曲した道路部分を走行するに際し、制限速度を遵守するのはもちろん、走行中の車両の安定を損なわないよう速度の調整及び適切なハンドル、ブレーキ操作をすべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然制限速度を上回る速度で進行し、ハンドル、ブレーキ操作を誤つた過失により本件事故を発生させたものであるところ、本件事故当時被告車を保有し、これを自己のために運行の用に供していたから、自賠法三条に基づき、原告らに生じた損害(但し、原告大和薫及び同大和恵については当事者間に争いがある。)を賠償すべき義務がある。
3 相続
原告大和幸昭(以下「原告幸昭」という。)及び同大和多恵子(以下「原告多恵子」という。)は、亡幸晴の両親であり、亡幸晴の死亡により、その損害賠償請求権を法定相続分に応じて相続した(甲二五及び弁論の全趣旨)。
4 損害の填補(弁論の全趣旨)
原告幸昭及び同多恵子は、自賠責保険から三〇〇〇万円を受領した。
二 争点
1 好意同乗減額
(一) 被告の主張
被告と亡幸晴は、日本大学の同級生で同じ研究室に所属し、本件事故の前日、研究室の旅行から戻り、被告は、亡幸晴を下宿先まで送り届けようとの親切心から被告車に同乗させた際に本件事故を発生させたもので、本件事故当時、亡幸晴は、被告車の運行につきその利益、支配を有していたから、亡幸晴の損害の少なくとも二〇パーセントを減額すべきである。
なお、本件事故当時、被告車の助手席にはシートベルトは装備されていなかつたが、被告車の製造年次から違法ではなく、また、亡幸晴は、本件事故以前からシートベルトが装備されていないことを知つていた。
(二) 原告らの認否及び反論
被告の主張を争う。
亡幸晴に対し、被告車への同乗を誘つたのは被告である上、亡幸晴は、下宿への帰宅途中被告に対し、特段急ぐよう促したこともないのであつて、亡幸晴には何らの落ち度もない。むしろ、被告車がシートベルトの装備を法的に義務づけられた車両でなかつたとはいえ、シートベルトの重要性は広く知られるところであり、被告車に装備することも技術的には容易であるのに、これをしなかつた被告の過失は重大であるというべきである。
2 損害
原告らは、本件事故による亡幸晴の損害として、<1>逸失利益、<2>慰謝料を、原告幸昭の固有の損害として、<3>葬儀関連費用を、原告ら各固有の損害として、<4>慰謝料、<5>弁護士費用を請求し、被告はその額及び相当性を争う。
第三争点に対する判断
一 本件事故態様
1 甲一ないし甲一九、乙四、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一) 本件現場付近道路は、初台方面から代々木方面に向かういわゆる首都高速四号線上り道路であり、路側帯を含めた車道幅員約八・二メートル、二車線のアスフアルト舗装されたほぼ平坦な道路であるが、被告車の進行方向から見て右に大きく湾曲している。道路中央は黄色実線のペイントが施されており、制限速度は時速五〇キロメートル、進路変更禁止の交通規制がある。なお、本件現場付近は、市街地で交通頻繁である。
被告は、被告車を運転して、本件現場付近を初台方面から代々木方面に向けて時速約九〇ないし一〇〇キロメートルで進行し、道路が右に大きく湾曲した部分にさしかかつた際、減速しようとしてブレーキ・ペダルを踏んだところ、制御できなくなつた。このため、被告車は、対向車線左前方にはみ出して暴走し、左側側壁に衝突した後、さらに右前方に暴走して右側側壁に激突して停止した。その際、被告車の助手席に同乗していた亡幸晴は、車外に放り出され路上に転倒した。
被告車助手席には、シートベルトが装備されていなかつたが、被告車は昭和四七年型のいわゆるフイアツトで、シートベルトを装備すべき法的義務はなかつた。
(二) ところで、亡幸晴は、次のような経緯で被告車に同乗した。
亡幸晴と被告は日本大学の同級生で同じ研究室に所属していたところ、平成四年九月六日から二泊三日の予定で研究室の旅行が催され、二人もこれに参加した。右旅行には学生、教官ら二二名が参加し、その往復を参加者数名の車両に分乗し、亡幸晴も実家の車両に同級生らを同乗させていた。本件事故の前日である平成四年九月九日、右旅行の帰路で昼食を採つた際、被告は、亡幸晴から、車両を東京都武蔵五日市にある実家に返した上、翌日合気道部の合宿に参加するため、その日のうちに千葉県習志野市にある下宿に戻りたい旨話しているのを聞き及んだ。被告は、実家が東京都昭島市にあり、亡幸晴の実家にも近く、偶然自分も実家に荷物を取りに帰り、その後千葉県にある下宿に戻る予定であつたので、亡幸晴に対し、被告車に同乗してはどうかと誘つたところ、亡幸晴はこれに応じた。被告は、平成四年九月一〇日午前〇時すぎ、実家を出発し、途中亡幸晴を同乗させ、研究室の旅行のことなどを話し合いながら、千葉県へ向かつた。
なお、本件事故当時、被告としては、下宿に戻るために急ぐ必要はなかつたが、時刻が深夜に及んでいたこと、早朝から合気道部の合宿に参加する予定であつた亡幸晴の体調を慮つたことから、いつもより若干急いだ。
2 以上の事実によれば、まず、制限速度を大幅に上回る速度で大きなカーブを無謀にも進行しようとして、ブレーキ、ハンドル操作を誤つた被告の過失は明白で、かつ重大である。加えて、法的義務がなかつたとはいえ、シートベルトが装備されていない被告車に安易に友人を同乗させた被告の行為は、親切心から出たとしても軽率であつたというほかない。また、亡幸晴が被告に対し、強いて同乗させることを求めたり、本件事故当時、特段急ぐよう促したりした事情が窺えない以上、被告に対し、安全走行するよう注意しなかつたというだけでは、亡幸晴にその損害を減額すべき事由があつたということはできないというべきである。
二 亡幸晴の損害
1 逸失利益 五四八三万一八三五円
(請求 一億一〇五三万三三二〇円)
甲二一、甲二五及び原告幸昭本人尋問の結果によれば、亡幸晴は、本件事故当時、健康な二三歳の男子であり、日本大学四年生に在学し、卒業後川鉄商事株式会社への入社が内定していたことが認められる。
右によれば、亡幸晴は、本件事故に遭わなければ、少なくとも大学卒業後の二四歳から六七歳までの四三年間にわたり、賃金センサス平成四年第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・大卒・全年齢の平均年収六五六万二六〇〇円の収入を得ることができたものと推認することができ、亡幸晴の生活状況に照らし、生活費を収入の五〇パーセントとみるのが相当であるから、中間利息をライプニツツ方式(係数は、四四年に相当する係数一七・六六二七から一年に相当する係数〇・九五二三を控除した一六・七一〇四である。なお、中間利息控除の方式につきライプニツツ方式を採用することが不合理でないことは、確立した判例である。)により控除して亡幸晴の本件事故時における逸失利益の現価を算定すると、次のとおりとなる(円未満切捨て)。
6,562,600×(1-0.5)×16.7104=54,831,835
なお、原告らは、川鉄商事株式会社の賃金を基礎として逸失利益を算定すべきである旨主張し、甲一九を提出するが、賃金の上昇は景気の動向等種々の要因に左右されること、昇給・昇格には不確定要素のあることが否定できないし、亡幸晴は若年であり、まだ入社前であり、将来について不確定な部分が一層大きいこと等に鑑み、原告ら主張の収入は、その蓋然性を認めることができず、採用できない。
2 慰謝料 九〇〇万〇〇〇〇円
(請求 一八〇〇万円)
本件事故に遭つた際に亡幸晴が被つた恐怖、苦痛、大学卒業を間近に控え就職先も決まり、将来の希望に満ちたわずか二三歳で突然生命を奪われた無念さ、本件事故態様等の諸般の事情に鑑みれば、亡幸晴の被つた精神的苦痛は極めて甚大であるといわなければならない。
しかし、一方において、本件事故は被告の軽率な行為が招いたものとはいえ、被告の亡幸晴に対する友人としての好意に端を発したこと、大学生が友人同士自らの車両に同乗させあうことはありがちなことで、このため亡幸晴も被告の申出に気軽に応じた経緯が窺われること、さらに被告車の加入する搭乗者保険契約に基づき、原告らに対し、すでに一〇〇〇万円が支払われていること等の事情も併せて考慮すれば、慰謝料として右額が相当である。
3 合計 六三八三万一八三五円
4 損害の填補
前記3から損害の填補分三〇〇〇万円を控除すると、その残額は、三三八三万一八三五円となる。
三 相続後の原告幸昭及び同多恵子の取得額(円未満切捨て)
法定相続分二分の一に応じ、各一六九一万五九一七円となる。
四 原告幸昭固有の損害(葬儀関連費用) 一二〇万〇〇〇〇円
(請求 三五〇万円)
甲二一及び原告幸昭本人尋問の結果によれば、亡幸晴の葬儀関連費用として請求額を上回る費用を支出したことが認められるが、このうち被告に負担させるべき額としては、一二〇万円が相当である。
五 原告ら固有の慰謝料
1 原告幸昭及び同多恵子 各一〇〇万〇〇〇〇円
(請求 各三〇〇万円)
右原告らは、一人息子である亡幸晴を二三年間にわたり愛情豊かに育み、その将来については、亡幸晴自身と同様大きな期待と楽しみを抱いていたのみならず、原告幸昭が仕事で外国に在るときは、日本に残された家族の精神的支柱ともなるなど、原告らにとりまさにかけがえのない息子であつたところ、その生命を突然悲惨な事故により失つた悲痛は想像してあまりあるものがある。これらに加え、本件記録上明らかな一切の事情を総合的に考慮すれば、慰謝料として右額が相当である。
2 その余の原告ら 認められない
(請求 各二〇〇万円)
その余の原告らは、甲二五によれば、亡幸晴の姉と妹であるから、民法七一一条は適用されず、甲二〇の一、二、甲二三、甲二四によつても亡幸晴との扶養関係等特段の事情も認めることのできない本件においては、その余の原告らの慰謝料は認められない。
六 原告幸昭及び同多恵子の取得額
1 原告幸昭 一九一一万五九一七円
前記三、四、五1記載の各金額の合計は右のとおりとなる。
2 原告多恵子 一七九一万五九一七円
前記三、五1記載の各金額の合計は右のとおりとなる。
七 弁護士費用
本件訴訟の経緯に鑑み、弁護士費用として以下の額が相当である。
1 原告幸昭 一九〇万〇〇〇〇円
2 原告多恵子 一八〇万〇〇〇〇円
3 その余の原告ら 認められない
八 合計
1 原告幸昭 二一〇一万五九一七円
2 原告多恵子 一九七一万五九一七円
九 以上の次第で、原告幸昭及び同多恵子の請求は、前記八1、2各記載の金額及びこれらに対する不法行為の日である平成四年九月一〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、原告幸昭及び同多恵子のその余の請求及びその余の原告らの請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 松井千鶴子)